私は伊勢で産湯・産着・産飯を戴き外宮(豊受大神宮)から月夜見宮(月夜見尊)に通じる神路道にある小学校で育ちましたので『伊勢音頭』は常に耳にしておりましたが、よくおぼえる少年期、戦争で中断され、確かな記憶が残っていませんでした。大阪で会社勤めをしている際、宴会の席で「お前さん、伊勢で育ったのだから、伊勢音頭を歌え!」とよく言われましたが「ハズカシナガラ歌えません」と逃げていました。

実は、私、浪速(大阪)から伊勢へ神宮参拝の方々を駕籠(電車)お送りしていましたが定年後「全国伊勢音頭連絡協議会」の一員に加えていただき、いまは神宮参拝をされる方々をお迎えする立場で「伊勢のおもてなし」を行っております。

 平安時代末期から御師の方々が神宮のお神札(おふだ)を持って全国津々浦々に「伊勢音頭ーヤートコセー」を広めながら集客に歩いていたということで御師の館跡が沢山残っていますが、私の加わっている「全国伊勢音頭連絡協議会」は会長 畑嘉也の祖父(畑嘉門)が大正末期 伊勢音頭の会を結成しレコード作成、各地での民謡大会に出席普及に勤めていましたが太平洋戦争で中断・・・・。『伊勢神宮鎮座2000年』会長畑嘉也の提唱で、伊勢の地で生まれた伊勢音頭を里帰りして神宮に奉納しようと「里帰り伊勢音頭全国大会」を開催して以来、平成11年11月28日第4回大会を『訪ね音頭』と銘記して「全国津々浦々伊勢音頭 里帰り伊勢へ!」「ふる里 伊勢へ ようこそ」と伊勢のおもてなしを開催いたしました。

 私達スタッフ一同は第5回大会(平成12年秋開催)に向かって「平成の御師」がボランティアで「伊勢音頭」を訪ね寒い日も暑い日も仕事の合間を見つけて全国を回っています。『当地でこんな伊勢音頭(ヤートコセーが入ってる)が伝承されている』というお知らせをいただければ、どんなにか力強くなることでしょう。なにとぞよろしく御願い申しあげます。

 私は、当会の黒子(色々の連絡の仕事)として「伊勢のおもてなし」を念頭に伊勢の活性化に取り組んでいきたいと思っております。
私はボケ防止のために習い始めた「伊勢型紙」で『おかげ参り 伊勢音頭』のイラストを作ってみました。

みなさまのご健康とご発展をお祈りしています。 伊勢神宮のおひざもとから。

全国伊勢音頭連絡協議会 菊川 聖


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